※本コースは,街並を堪能していただくことを目的としており,建物内部の見学をお約束するものではございませんのでご了承ください。
結城駅 | 北口下車 |
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0.8km | |
大輪寺(だいりんじ) | 寺伝によりますと,結城家初代朝光が,常陸国河内郡田河原に在った大輪坊の僧・元観僧都(げんかんそうず)を安貞元年(1227)を招き坊舎を移建し,大輪寺と改め結城家代々の結願所になりました。また,元禄年間(1688~1703)には,僧俊寿(しゅんじゅ)が中興して結城水野家の祈願所になりました。経典(きょうてん),経筥(きょうろ),木造大黒天像など市指定文化財があります。 |
0.4km | |
華蔵寺(けぞうじ) |
開山は復庵宗己(ふくあんそうき)で,開基は結城家8代直光(なおみつ)が建武2年(1335)頃創建されました。 臨済宗の寺院は結城市ではこの寺院だけで,大光復庵禅師頂相(たいこうふくあんぜんじちょうそう)・大板碑(おおかび)・石幢(せきとう)の市指定文化財があります。 |
1.0km | |
結城家御廟 (ゆうきけごびょう) |
結城家初代朝光から16代政勝までと,妙仙(みょうせん)・明朝(あきとも)・無銘2基の花崗岩(かこうがん)製の五輪塔が20基並んでいます。 御廟は周囲に堀を備え,塚状に土を盛り,土塁(どるい)をめぐらし,床面には大谷石を敷き詰め,さらに塚全体に玉石を並べるなど排水に細心の注意が施されています。 |
1.0km | |
城跡公園 |
最初の結城城がいつ,誰によって造られたのか定かではありません。 結城城が歴史の舞台に登場するのは,永享12年(1440)の結城合戦の時で,この頃(中世)の城は土塁と空堀(からぼり)が特徴です。 結城城は長方形で標高40mの丘陵が利用され,南西面660m,北西面300mで,曲輪は四つで,実城(本丸),中城,東館,西館があって空堀で仕切られ,背後を高い崖に守られ,しかも城の周囲を田川がめぐるという,平城であったが要害堅固な大城だったと考えられます。 慶長6年(1601)秀康(ひでやす)の越前福井への移封後,幕命により取り壊され,百年後の元禄16年(1703)結城水野氏によって同じ場所に築城されますが,明治維新の廃城令で取り壊されました。 |
0.7km | |
源翁和尚の墓 (げんのうおしょうのはか) |
源翁心昭(げんのうしんしょう),玄翁玄妙(げんのうげんみょう),源翁能照(げんのうのうしょう)ともいわれ,嘉暦元年(1326)に越後国に生まれました。 19歳で能登国(石川県)総持寺の峨山韶碵(がざんしょうせき)に参禅し,後に山陰・関東・奥州の各地で,曹洞宗の寺院を開山しました。 応安4年(1371)結城家8代直光(なおみつ)に招かれ,安穏寺を律宗から曹洞宗の寺院に改宗して中興,4年後に陸奥に赴きました。 その後,那須野が原で害を及ぼす殺生石(せっしょうせき)を,天皇の勅命で至徳2年(1385)に杖をもって砕き人々を危難から救った事で,後小松天皇より「大寂院(だいじゃくいん)能照禅師」の称号を賜り,応永3年(1396)に陸奥国(福島県)の示現寺で亡くなりました。 |
0.5km | |
安穏寺 (あんのんじ) |
天平宝字年中(757~65)に,下野薬師寺(栃木県河内郡南河内町)の祚蓮律師(それんりつし)により開基された律宗の寺院です。 室町時代初期の応安4年(1371)に結城家8代直光(なおみつ)が源翁心昭(げんのうしんしょう)を招き禅宗に改宗し中興開山しました。 |
0.4km | |
妙国寺 (みょうこくじ) |
開基は妙国院日宣(にっせん)で,創建は貞和元年(1345)です。 室町時代初期の創建で早見晋我(はやみしんが)の墓と与謝蕪村(よさぶそん)が晋我の死を悼んで詠んだ「北寿老仙をいたむ」の境内碑,戊辰戦争で戦死した笠間藩士6名の墓があります。 |
0.3km | |
光福寺 (こうふくじ) |
室町時代末期の弘治4(1558)年,当時の佑慶(ゆうけい)が東寺の亮恵(りょうえい)から印信を受けた後中興しました。 当寺への移転は康暦年中(1379~81)と慶長3(1598)年の二説があります。 境内には,水野甚四郎(結城水野氏家老),戊辰戦争政府軍 上田楠次,信州須坂藩兵の墓があります。 |
0.1km | |
金福寺 (こんぷくじ) |
時宗二代遊行上人他阿真教により創建されました。 宝永5年(1708)の結城町明細帳之控によれば,西の宮金福寺に鐘があり時を告げる,とあります。 |
0.5km | |
弘経寺 (ぐぎょうじ) |
開基は檀秀存把(だんしゅうぞんぱ),檀越(だんおつ)は結城家18代秀康(ひでやす)です。 文禄4年(1595)秀康の長女松姫(まつひめ)の菩提を弔うために創建された寺院で創建以来一度も焼失していません。 |
0.5km | |
孝顕寺 (こうけんじ) |
開山は独放曇聚(どっぽうどんしゅう)禅師,開基は結城家15代政朝(まさとも)です。 永正12年(1515)に玉岡の地に創建され,永正寺といわれたが慶長4年(1599)現在地に18代秀康(ひでやす)によって再建され現寺号となりました。 |
0.1km | |
称名寺 (しょうみょうじ) |
開基は真仏(しんぶつ),檀越は結城家初代朝光です。 建保4年(1216)新居精舎を改築,嘉禄元年(1225)新居精舎を西之宮に移し,さらに元禄年間(1688~1704)に現在地に移築されました。 朝光の娘朝尾姫は2世信性に嫁しています。 |
0.3km | |
常光寺 (じょうこうじ) |
永仁2年(1297)他阿(たあ)がこの地を遊行した折に創建され慶長3年(1598)に現在地に移築されました。 門前にある阿弥陀如来像(あみだにょらいぞう)は市民から「金仏(かなぶつ)さん」の愛称で親しまれています。 |
0.5km | |
結城駅 |