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観光モデルコース

結城七福神めぐりコース(約9.6km,約3時間)

小田林駅  
↓1.0km
金光寺【寿老人】   金光寺(きんこうじ)は慶(けい)寿山(じゅざん)金光寺といい,真言宗(しんごんしゅう)豊山派(ぶざんは)の寺です。当寺の観世音(かんぜおん)菩薩(ぼさつ)は結城初代朝光公の守り本尊で,小田林聖観世音として現在地に建立されました。建立時期は史料がなくわかりません。結城家代々の城主が信仰されました。本堂の建立は結城家12代持朝公によって行われた事が寺伝にあります。享保18年(1734)に再建され,昭和58年(1983)に改修されました。山門の梁(はり)に結城家の財宝のありかが秘められているといわれる三首の和歌が刻まれています。

  こうりように ふれてからまる うつ若葉 つゆのなごりは すえのよまでも
  きの苧(カラムシ) かふゆうもんに さくはなも みどりをのこす 万代のたね
  あやめさく 水にうつろう かきつばた いろはかわらね 花のかんばし

  この寺の福神は寿老人で長寿を授ける中国の神です。長い髭を垂らし,長頭が特徴で,杖をつき,杖の先に二つの桃(中国では桃は長寿のシンボル)がついていて,鹿(中国では長寿を表す動物)をつれています。
↓2.5km
市杵島神社【弁財天】   この弁財天は市(いち)杵島(きしま)神社(じんじゃ)が無住なため,孝顕寺が保管する同社の福神です。市(いち)杵島(きしま)神社(じんじゃ)の祭神(さいじん)は,市(いち)杵島(きしま)姫(ひめの)命(みこと)で,弁天島に天正19年(1591)に創建されました。この女神は,福岡県の宗像(むなかた)神社(じんじゃ)の祭神の宗像三神の一柱です。この神が日本に仏教が伝えられたとき神と仏が調和すること(神仏(しんぶつ)習合(しゅうごう))で,弁財天にあてられました。
  弁才天は,音楽の神,学問の神,さらには幸運や財宝,子宝を授けるというインドの神で,七福神の中で唯一の女神です。なお,弁才天と書かれるようになるのは,鎌倉時代以降のことです。その姿は,本来は八ツのひじ(八臂(はちひ))をもち,弓・矢・刀・金剛(こんごう)杵(しょ)(もとはインドの武器)などを持っていましたが,のちには二ツのひじ(二臂(にひ))となって,琵琶(びわ)(弦楽器の一つ)を手で奏でる形が多くなりました。(当社の像容は前者です)
↓0.5km
孝顕寺  
↓0.3km
毘沙門堂【毘沙門天】   下総州(しもうさしゅう)結城(ゆうき)絵図(えず)(享保19年=1735年)に多門寺(たもんじ)毘沙門堂(びしゃもんどう)とあります。いつの頃に創建されたのかは,史料がなくわかっていません。
  ここの福神は,毘沙門天で,財宝の神として信仰されています。鎧(よろい)兜(かぶと)(甲冑(かっちゅう))を身につけ,左の掌(てのひら)に宝塔をのせ,右手には三叉(みつまた)の矛(ほこ)を持ったインドの神で,ここの毘沙門天立像は市指定文化財です。
↓1.0km
恵比寿神社【恵比寿】   恵比寿神社の創建は史料がなくてわかりませんが,宝暦6(1756)年11月に再建されていす。祭神は大国主(おおくにぬしの)命(みこと)の子である事代(ことしろ)主命(ぬしのみこと)です。もとは漁業に関する代表的な神として信仰されましたが,中世(鎌倉時代以降江戸時代以前)に七福神の一つになってからは,商家などにも信仰が広まり,商売繁盛の神,市場神となりました。その姿は風(かざ)折(おり)鳥(え)帽子(ぼし)(=上部を折ったもの)を着付け,鯛を左脇に抱え,右手で釣竿を持っています。
↓0.5km
大輪寺【大黒天】   大輪寺(だいりんじ)は如意山(にょいざん)観音院(かんのんいん)大輪寺(だいりんじ)といい,真言宗(しんごんしゅう)豊山派(ぶざんは)の寺院です。創建は安貞元年(1227)結城家初代朝光(ともみつ)公が,田河原の大輪坊の僧・元(げん)観(かん)を招いて現在地に坊舎を移建して大輪寺に改めたと伝えられています。
  この寺院の福神は大黒天で,インドの神で飲食を司る台所の神とされていました。これが日本に伝来して,中世(ちゅうせい)以降音(いこうおん)が似ていることから大国主(おおくにぬし)命(のみこと)と混同され定着しました。そして,農村では田や畑の神,商家では商売繁盛の神として信仰されました。その姿は頭には頭巾(ずきん)をかぶり,左の肩に大きな袋を担い,右手に打出の小槌を持って,多くは米俵に乗っています。
  当寺院の大黒天は室町時代の作で,市の指定文化財で,左肩に大袋を背負い,右手に打出の小槌を持っており,水晶の玉眼を有する忿怒像(ふんどぞう)で,蓮華座(れんげざ)(蓮の葉を伏せた形の台座)の上に立っているのが特徴です。
↓1.5km
乗国寺【福禄寿】   乗(じょう)国寺(こくじ)は見(けん)龍山(りゅうざん)覚(かく)心(しん)院乗(いんじょう)国寺(こくじ)といい,曹洞宗の寺院です。結城合戦当時(永享12~嘉吉元年1440~1441)福(ふく)厳寺(ごんじ)という寺が,常陸・下野・下総の三ツの国の国境の鬼怒川と田川にはさまれた所にありました。合戦後の宝徳元年(1449)結城家13代成(しげ)朝(とも)公が,松(しょう)庵宗(あんしゅう)榮(えい)禅師を招いて,結城家12代持(もち)朝(とも)公の菩提寺(ぼだいじ)として再建し,寺名を三国山(みくにざん)福厳寺としました。
  その後,文明11年(1479)の大洪水で伽藍(がらん)(寺院の建物)を流失しましたが,結城家14代氏(うじ)広(ひろ)公が,現在地に寺名を見龍山覚心院乗国寺に改称して再興しました。
  この寺院の福神は福禄寿で福と禄と長寿を授けるという中国の福神で,姿は長頭で経巻を結んだ杖を持ち,多くは鶴を従えています。
↓1.3km
人手観音堂【布袋】   人手(ひとで)観音堂(かんのんどう)は人手山(ひとでさん)観音堂(かんのんどう)といい,大輪寺の境外(けいがい)仏堂で「御嶽(おんたけ)竹院(ちくいん)」とも言われました。創建は史料がなくわかりませんが,現在の結城東中学校の北東の愛宕神社付近にあったものを,享保6年(1721)に現在地に移したと云われています。
  布袋は中国唐(とう)時代末(?~917年)に実在した禅僧布袋和尚を神としたものですが,なぜ七福神に数えられるようになったのかはわかりません。布(ぬの)袋の中に入れたものは財宝になったといわれ蓄財の神として信仰されたのでしょう。その姿は福徳円満な顔で,太鼓腹(たいこばら)を露出して,大きな袋を担いでいます。平成19年5月に黒川五郎氏が寄進されました。
↓1.0km
結城駅  

詳細図は下記URLよりご覧いただけます。 
http://www.city.yuki.lg.jp/map.php?type=100&code=6

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